沖縄の翁長知事は、沖縄防衛局が名護市辺野古沖でのすべての作業を
1週間以内に中止しない場合、前の知事が出した、埋め立て工事で
岩礁を破壊する許可を取り消す姿勢を示していました。
しかし農林水産省は翁長知事の「作業停止指示」は無効としました。
もともと翁長知事の「作業停止指示」は全く法的根拠のないものです。
法的根拠なく指示を出しても認められるわけがない。
相変わらずマスコミは沖縄の民意民意と言いますが沖縄の民意は
普天間の危険除去であり長い間かかって辺野古移転が決まりました。
大体、中国の手下のような沖縄の新聞が捏造記事を書きまくって
ゆがめられた民意と日本の安全保障とどっちが大事よ。
ところで翁長沖縄知事ですがかつては那覇市長でしたが
こんな事があったようです。
http://www.city.naha.okinawa.jp/mayor/message/y2005/m02.htm
福州市から「栄誉市民」の表彰を受けて・・・
翁長市長
私が名誉市民の表彰を受けたのは、上山中学校と福州市の外語学校との交流を行なうなど、市民の方々、それから歴代の市長を始め、職員が一生懸命、福州市とこれまで交流を続けていただいたことでの表彰であり、那覇市の代表ということで受け取って参りました。
その歓迎については、お国柄といいましょうか、すべての道路を交通規制して、厳重に警備されながらパトカーに先導され、ノンストップで案内してくださいました。また、夜には中国共産党のトップの方々、福州市長を始めトップの方々と、私たち那覇市から六名が参加し晩餐会が催され、たいへん感激をしまして、最後はカチャーシーをして終わりました(笑)。
ただ、びっくりしたのが、翌日からフリーになるのかな?と思ったら、ショッピングなどの個人的な時間が若干あったのですが、この若干にもパトカーが付いて来て、ほんの二時間ほど福州の街を自由に歩きたいと思っていたのですが、ぴったりと中国の警官と職員が尾行して、僕が選んだお土産にもジッと見ているので、「僕はここを動かないから、少し離れてください」とお願いをしたのですが、五メートル以上は離れず、またジッと見ていましてね。たいへん戸惑いました(笑)。
このような歓迎は、たいへんありがたいのですが、しかし今度は福州市からおいでになられた場合は、あのような歓迎は日本の体制ではできないので、引け目を感じますね。渋滞する国際通りを通行止めにしたり、車が通ると同時にパレット前の掲示板で「歓迎!福州市長」と歓迎したり、まず無理ですよね(笑)。
今回の出張では、福建省の博物館の一つのコーナーにある、琉球の人の名前が彫られたお墓を見て、先人たちが築いてきた福州市と那覇市の長い交流をあらためて感じることができました。今後も交流の輪をしっかり受け継ぎ広げていこうと決意を固めた授章式でした。
こういうの六韜って言うんですよね。
敵国を滅ぼすためには
無能な使者ほど歓待する。
有能な使者は冷遇する。
翁長は無能で利用しやすい者だから歓待されたんでしょ。
個人的な時間までしっかり見張られているのに
それを歓待などと喜ぶのは大バカ。
翁長知事はこの歓待のお返しでしょうか。
龍の柱・孔子廟を沖縄の玄関口に建設しようとしましたが
問題があって現在、工事は止まっているそうです。
龍の柱・孔子廟なんて沖縄を中国の属国にしたい気満々ね。
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posted by はなまる at 17:20
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